カジュアルなおもてなし
神様を人界におろした時のイマジネーション、もしもを描く純真がまぶしいです。
「もっとまともになりたけりゃ今夜ライブハウスにつれいてくよ」とのフレーズがあります。ライブハウスはむしろまともになれなかった、メインストリームの人生の街道筋になじめなかったはずれものたち、アウトサイダーの吹き溜まりというイメージもありますが、この主観者の価値観としてはそここそがおのれの純朴の畑であり、心を許す人、これから心を開いていきたいゲストのための最高のカジュアルなもてなしなのだと思わせます。音楽をやる人間には特に刺さる一帯ではないでしょうか。
歌い出しこそ「ヘイ、神様」の「ヘイ」が強拍にありますが、基本的にAセクションもBセクションもサビもボーカルメロディが弱起になっていますし、歌い回しも案外動きの方向性が細かく変化する箇所なども含み繊細な人格を感じる曲想です。Aセクションの強拍に来ている「ヘイ」が神様とのカジュアルな接触をこころみる勇気の一歩に思えてさりげなく尊いです。ボーカルの使用音域自体は狭めでも大事な響きがカバーできるところが少年のような心を表現する意匠に思えます。
神様が降りて来る夜 川村かおり 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:高橋研。川村カオリのシングル、アルバム『CAMPFIRE』(1990)に収録。
川村かおり 神様が降りて来る夜を聴く
”神様が降りて来る夜 今日は ベランダで望遠鏡を のぞこう 神様が降りて来る夜 今日は 部屋中の窓を全部 開けよう”(『神様が降りて来る夜』より、作詞:高橋研)
自己解放ってすこし勇気がいるのです。自分のおいたちとか、自分の思っていることとか、自分の感性や主観を相手にこちらから話してばかりいては相手がうんざりしてしまう危惧があります。
自己開示とおしつけが別物であることを気づかせてくれます。おのれを開け放ち、相手がこちらに関心を抱いてくれるのを自然にうけいれ、こちらの私室にお通しすることこそ、最高のフレンドシップなのです。
部屋中の窓を全部あけよう……という本曲の結びのフレーズがそれを象徴します。
ベランダでのぞきこむ望遠鏡は、神様がやってくるのを視認しようというわくわくして態度か、神様がやってきたら、あなたがやってきた方角や国のことを教えてよと一緒に観察する態度なのかもしれません。
80年代から90年代にバトンが渡された時代のバンドらしいサウンドです。歪んだエレキとオルガンがリズムをあわせてリフレインを演じます。
バンドのサウンドはあまり極端な定位づけは避け、中央を中心にした安定したまとまりがあります。左右に開いた音像を私にくれるのは12弦のギターのサウンド。このきらびやかで輪郭に段階のある印象のオブリガードギターのサウンドが、神様がやって来た、降臨したフィーリングを私におもわせます。プリンセス・プリンセスとか、リンドバーグとか女性ボーカルを中心にしたバンドのいくつかのサウンドを私に思い出させます。
”太っちょか やせっぽちか 教えてよ 用意しておくよ Tシャツとブラックジーン”(『神様が降りて来る夜』より、作詞:高橋研)
上記もまた神様に心を許した友達待遇をほどこす意思を感じさせる愛嬌、友好性が表現されたライン。
上記のフレーズを経て、曲は半音上へ転調。DメージャーからE♭メージャーにステップアップ。神様が人間に近づく一歩を踏み出した意匠でしょうか。
青沼詩郎
川村カオリ ユニバーサル・ミュージック・ジャパンサイトへのリンク
『神様が降りて来る夜』を収録した川村カオリのアルバム『CAMPFIRE』(1990)