財津和夫

チューリップといえば財津和夫で、財津和夫といえば彼がソロでもやっている切手のないおくりもの』が好きだ。チューリップ(バンド)といえば財津和夫(フロントマン)と私が言ってしまうくらいに、強い独創性とリーダーシッ

プを持ったシンガーソングライターだと思う。コード、メロディ、リズムを音楽の3要素とすることがある。それに歌詞をくわえて、これらの要素の独創性や平衡感覚が素晴らしいと思える音楽にひとつでも多く出会いたいし、私自身生み出したいと思っている。その鑑のような人物のひとりが財津和夫で間違いない。

飛翔のサビメロ

『心の旅』はチューリップの代表曲のひとつだと私は思っているし、これを読んでいるあなたもうなずいてくれる可能性があるだろう。ああだから今夜だけはで始まるメロディの上行が素晴らしいと思う。サビをドアタマに持ってきて強起している。かなりの人がこの音の記憶を深く刷り込むのではないか。

この出だしの上行は下の「ファ」から上の「ファ」までの1オクターブの距離を一気に駆けのぼる旋律。陸から空へと飛び立つみたいだ。ヘ長調のメージャースケールのⅳである「シ♭」のみを除外して順次進行(となりあった音へ移ろうこと)している。「シ♭」を抜いているのでヨナ抜き音階(ペンタトニック・スケール)風であるが、上のオクターブに到達する手前で「ミ」(ヨナ抜きの「ナ」にあたる)を使用しているので、微妙に「ハズ」し感があり、西洋音楽と民謡の旋律のいいとこどりをしたような素晴らしい旋律をしている。

跳躍のAメロ

順次で滑らかかつ一気に駆け上がるサビの旋律に対して、Aメロは主音(ファ)〜主音(上のファ)の瞬時の跳躍ではじまるのが面白い。メロもサビも近い音域を用いていると、歌の熱量にメリハリが出にくくなる。メロディにこのような大胆な性格の違いを持たせることで、音楽の豊かさを確保している。その後のフレーズ“遠く離れてしまえば”などもかなりの跳躍。

“旅”のところがオクターブ
“遠く”も間に音を挟んでオクターブ

鉄板のベース下行コード

サビを支えるのは鉄板のベース下行コード。有名なカノン進行風でもある。ⅰ、ⅶ、ⅵとベースが下がる。でもその次はⅢm→Ⅳ→Ⅴと上行する。順次の下行と上行を組み合わせて、音・響きのうねり・波を成している。

下がってきて、“君を抱いていたい”で上がって解決

別れの予感 終わりは始まり

“愛に終わりがあって 心の旅が始まる”(『心の旅』より、作詞・作曲:財津和夫)

2コーラス目のAメロの折り返し。エンディングのサビの前、曲中の最たる高揚感を前にした部分。そこまでも語られていることではあるが、愛に終わりがあってとはっきり示される。ここで私はああ、別れの歌なんだなと解釈する。でもすぐさまそれに次ぐ部分で「始まり」ととらえなおしている。不安と希望の波が私の心をたっぷりと揺さぶるのを感じた部分だ。

キャリアのどの辺の作品か

『心の旅』は1973年のチューリップのシングルで、同年、ベストを兼ねた?サード・アルバム『TULIP BEST 心の旅』に収録される。チューリップは1971年にバンド結成、1972年に上京してデビューアルバム『魔法の黄色い靴』を出す。

『心の旅』はそのサビ頭のメロディのように、彼らが世に渡り、駆けのぼっていくところを映したこの上ない記録でもあるのだろう。オリコンで1位をとったそう(シングルorアルバム?)。1989年にバンドは「幕を閉じ」たが、デビュー25周年の1997年〜数年に一度のペースで全国ツアーをおこなっている様子。(参考:チューリップ公式サイト>PROFILE

リスニング・メモ

やや右にブラス、コシのある低音ストリングスがビートルズを思わせるサウンド。エレクトリック・ギターが鳴く。左に8分のピアノ・ストローク。ピアノはAメロで中高域の4つ打ち風になり右に移るのが面白い。

ミャウミャウと位相の揺れがかかったアコースティック・ギター。Aメロ5小節目〜コーラスが入る。でもAメロ折り返しでピアノはまた左にもどる。音域は少し下がる。コーラスの音域も下がる。ベースはブンブンと太い。対旋律や間奏ソロのエレキギターは乾いている。とてもビートルズを思わせる音作り。

2コーラス目ではストリングスが右寄りに、厚く中低域が出る。2コーラスAメロ折り返しでストリングスの音域は上がり、少し高めの音域のコーラスが入る。2コーラスAメロ折り返しに差し掛かるところ、2コーラス目サビ前のストリングスの順次上行はまるでビートルズ『ハロー・グッバイ』。

エンディングに向かい、フレーズ尻に次の頭が重なるボーカルメロディの繰り返しと各楽器の価値が漸近し渾然とした高揚の渦中でフェードアウト。

後記

私の中で「言葉の及ばない名曲」の類のひとつがこの『心の旅』。曲と私の人生がどう直接交叉しているかと問われても、濃密な思い出や記憶はないのだ。それなのに私の音楽脳の一定領域をこの曲は確かに占めて存在している。その要因にはサビの飛翔メロディやAメロのそれとの対比、鉄則を思わせるコード進行とベース旋律やボーカル旋律の上下行、歌詞の別れと希望が醸す種々の大波・小波があるようだ。

Z氏のソングライティングは確かである。生き方も何もかも違う私の胸を、『心の旅』が震わせる。私の旅も捨てたもんじゃない。この素晴らしい歌が響くのだから。

青沼詩郎

Tulip 公式サイトへのリンク

『心の旅』を収録した『TULIP BEST 心の旅』(1973)

ご笑覧ください 拙演