短3度におさまるサビ

サビがすごいです。何がすごいと申しますと、音域がほぼ短3度におさまっていることです。多くの場合、ポップスや歌謡のサビといえば盛り上げるもの。盛り上げるための「演出」や「脚本」のような要素として、広めの音域を用いて華やかな印象を与えようとするメロディを書きがち(?)かもしれません。ところがこの『恋の季節』では、ソからシ♭の短3度という狭い範囲しかメロディの音程に用いていません(フェイクは除きます。フェイクとは装飾的な動きのこととざっくりご理解ください)。音域としては曲中で使用される中で最も高く位置する短3度ですので、声の張り、伸びをたっぷり聴かせることができます。今陽子の魅力をとどろかせる好機なのです。

サビで使用する音域としてはかなり狭いほうでは? 真ん中あたりの半音下行が憎い!
鍵盤上でみると画像の親指〜中指が短3度。

夜明けのコーヒー

“夜明けのコーヒー ふたりで飲もうと あの人が云った 恋の季節よ”(『恋の季節』より、作詞:岩谷時子 作曲 いずみたく)

2コーラス目のサビ後のフレーズです。コーヒーって朝に飲むイメージがあります。もちろん午前のお茶、午後のおやつ、夕方のもうひとふんばりの前、夜のいこいの時間とコーヒーを飲むタイミングは一日中ありますけれども「夜明け」は私にとっては「まさか」の時間です。「まさか」というのはつまり「意外性」であり、キャッチコピーとして機能する要素を持っています。「夜明けのコーヒー」のひとことで私は心動かされています。なぜって、いろんな状況設定を想像させるからです。どんな関係の2人なのでしょうか。もちろんタイトル『恋の季節』からしても恋愛関係にある2人の歌だとは思うのですが、恋愛関係にも千様万様あるでしょう。恋のはじまり付近なのか、中程なのか、終わりかけている頃なのか?

そもそも、生活時間が私の常識とずれている習慣を持つ登場人物かもしれません。たとえば、水商売と形容される種類の夜間を中心にした接客業に関わる2人の物語なのかもしれません。先に朝、午前のお茶、午後のおやつ、夕方のもうひと仕事まえ、夜の憩いの時間とコーヒーと結びつきそうな生活の時間を例えて示しましたが、活動の時間がずれていけば、私の持つ常識やイメージにあたる時間・生活のワンシーンが「夜明け」と鉢合わせることもあるかもしれません。夜間にがんばって仕事した人たちだったら、「仕事終わりのひと息」の時間が夜明けかもしれません。もっと単純に(仕事をしていたとかではなく)、夜間に情事に励んだあとに迎える夜明け、ということかもしれませんがね。とにかく、具体的にわかる必要もないし、いろんな人物像を想像させるのです。それも、たったひとこと「夜明けのコーヒー」で! なんてすごいことばなんだろうと思います。

岩谷時子

この作詞は岩谷時子。私が最近味わった曲でいうと加山雄三の『君といつまでも』、昔から知っていて好きな曲でいうと『友だちはいいもんだ』などを作詞した人です。ことばに千万の含蓄を持たせる魔法。

いずみたく

作曲者はいずみたく。『手のひらを太陽に』は童謡として昔から親しみました。坂本九が歌った『見上げてごらん夜の星を』は私の心の殿堂入り曲(私の世代だと堂本剛がカバーしていた記憶のある人もおられませんか?)。そしてドリフの「ババンババンバンバン」でおなじみの『いい湯だな』(ドリフ版にはビバノン・ロックと付きます。先に歌ったのはデューク・エイセス)、さらにはアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の同名主題歌もいずみたくの作。私の憧れで尊敬の対象。歌いやすく印象に残る美しい旋律をたくさん残していて、あれもこれも、私が好きだったものの作曲者はいずみたくだったと気づくことばかりです。

サウンド・リスニングメモ

深い響きが印象的なエレクトリック・ギターやベースがズンズンと来てはミャンミャンと揺れます。私はザ・ベンチャーズのサウンドを思い出します。左側にはかすれたフルート。これが怪しく艶めく夜の時間、その空気を思わせるのはなぜでしょうか。あと追いの男声がほぼ全編にわたり今陽子のすこし後ろから響きます。大胆に右側に振ったドラムスはスカンパカンとさばけたサウンド。左にタンバリンが聴こえ、ドラムスと両側からワイドにパーカッション類のリズムのアクセントを演じています。右側奥にはエレクトリックギターのリズム担当。(ン)、チャッ、(ン)チャ! っとアクセントをつけたリズムで全編を支えます。全体的に、このような深い残響づけの作品は近年の新作にはあまりありません。時代の特徴なのでしょうかね。私にはすこぶる気持ちがいいサウンドです。

発表時よりだいぶ最近のパフォーマンスか。時代を経たアレンジ・歌・演奏がこれまたカッコイイ。

青沼詩郎

『恋の季節』を収録した『とび出せ!ピンキラ“恋の季節”』

ご笑覧ください 拙演