作詞:永六輔、作曲・編曲:中村八大。1963年、NHKテレビ『夢であいましょう』内、「今月の歌」として紹介される。同年、梓みちよのシングルとなる。

梓みちよ こんにちは赤ちゃんを聴く

私的な一個人としては、母親でない境遇だった梓みちよさん。自分が「ママ」でないのにどう歌えばいいのか。それもわかる心情でしょう。そういう歌なので、その歌を表現するのが歌手のつとめです、たとえ私的な一個人であっても。

Aパートの有名な、主題のフレーズ“こんにちは赤ちゃん”付近しか私はちゃんと記憶のなかにとどめていませんでした。Bメロパートらしき部分(Aをひとくだり終えたあたり)は、和声的に翳り緊張感が高まります。なかなかメリハリが聴いていて、「オトナらしい洒脱さ」があるBパートで、“こんにちは赤ちゃん”の主題を歌うAパートのシンプルで平易な扱いやすさとよく対比が出ていて、改めて聴いて、展開に豊かさと工夫のある歌だと感じました。

その展開の違いを、梓みちよさんの歌唱がよく表現しています。ダイナミクスのコントロール。Bパートは朗々と伸ばすトーンや、ぐっとエモーショナルに声量を抑えてニュアンスを出すフレーズなどが感じられます。私的な一個人として母親でなくとも、言葉を、メロディを、音楽全体をこの世に残すと思って、鑑賞する人に可能な限り完全な形で記憶にとどめてもらうべく表現するのみです。

サウンドが可愛らしい。ブンブンと、アコースティックのベースが深い余韻で快くオモテ拍をとります。ちょっとした音の止め方ニュアンスの出し方にも愛情を感じます。

ベースとコンビネーションして基本リズムを出すのがピアノ。ベース(低音位)をアコースティックベースとほぼユニゾンのような感じで出しながら、ウラ拍を右手の和音のストロークでかろやかにとっていきます。この「ンッタンッタ……」というハネ方が曲のかろやかなノリ感の肝でしょう。

フルートやビブラフォンやストリングスの合いの手がまた可愛らしい。ストリングスは左寄りでしょうか。中低域、おそらくチェロがいるあたりの音域まで和声感がよく聴こえます。

ドラムスはパサパサとブラシ。ほとんどスネアのさわさわ感が役割の中心に思えます。

赤ちゃんをやさしく扱う態度を全体で表現した耳触りのアレンジ、演奏が好感です。坂本九さんが歌った『上を向いて歩こう』『明日があるさ』も中村八大さんの作曲ですね。

誰とふたりなのか

Aメロパートの歌い出し付近のフレーズしかちゃんと記憶にとどめていなかった私ですが、改めて聴きどころに気づいたのが後半のほうのBパート(っぽいところ)でありその歌詞です。

“こんにちは赤ちゃん お願いがあるの こんにちは赤ちゃん ときどきはパパと ホラ ふたりだけの 静かな夜を つくってほしいの おやすみなさい”

(『こんにちは赤ちゃん』より、作詞:永六輔)

子守りをパパが担当して、ママをほかのことができる状態にするよう願うところのようにはじめ思えたのです。パパと赤ちゃんの「ふたり」になって、静かに平和にすごしてちょうだいね、そのあいだに私(ママ)はほかのやることができるから、と。

1960年代の楽曲としては時代を先取った趣があり今聴いてもすんなり解釈しやすいスマートな歌だな、と思ったのですが、すぐに私の解釈のズレを認知したといいますか、あるいは楽曲の本来意図したであろう解釈が見えてきました(それももちろん、楽曲の生来の解釈の幅なのでしょうけれど)。

赤ちゃんには、かまわなくて大丈夫なくらいすんなりすやすや眠ってもらって、私(ママ)はパパとふたりだけ(もちろん傍、あるいは寝室やベビールームには赤ちゃんがいて眠っているから厳密には「ふたりだけ」ではないのでしょうが)で静かな夜を過ごしたいのよ、だからお願いね、赤ちゃん!というママの想いが見えてきました。

これはなかなか、ママがパパを信頼していて、深く敬愛している関係を前提に生まれる意向ではないでしょうか。円満な夫婦……にももちろんいろんな形があるでしょうけれど。また、世の中にはひとり親として赤ちゃんを育てる身もあるでしょうし。

ママになる前にはパパと大恋愛した(かもしれない)その女性も、出産後はお願いだから赤ちゃんをオマエ(パパ)もがっつり見てくれや、アタシだってやること・やりたいことクソほどあんねや!……失礼、言葉が乱れてしまいましたが、そういう「一人の“静かな夜”」を望む母親の想い・願いもゴマンとあることと思います。パパとシッポリしている場合じゃなく、赤ちゃんから束の間であっても解放され、ひとりになってやりたいこと・やることがある、という心情をあろうと想像します。

そういう意味では、『こんにちは赤ちゃん』の描くのは、ラブラブで(と、安っぽい表現で申し訳ない)信頼しあっているバランス感の世帯なのだなと思えます。安心感のあるハッピーストーリーですね。社会の有象無象もありますし世帯は世帯の数だけ様々で理想もさまざまだと思いますが、歌の世界にくらいひとつ、狭い理想像のそれを求めてもよいでしょう。それをまた普遍的なものだと感じる人が世の多くを占めた状態を前提に、歌『こんにちは赤ちゃん』がヒットした、ということでもあるのかもしれません。

口酸っぱいことを言いたいわけでもなく、ママがパパを深く信頼し愛している、高いロマン性を感じさせる美しさを備えた楽曲だと今回鑑賞してみて気付いたのが率直なところです。両親のあいだの深い信頼と愛情の存在、願ったりかなったりでしょう。

青沼詩郎

参考Wikipedia>こんにちは赤ちゃん

参考歌詞サイト 歌ネット>こんにちは赤ちゃん

参考Wikipedia>梓みちよ

『こんにちは赤ちゃん』を収録した『決定版 梓みちよ 2016』(2015)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『こんにちは赤ちゃん(梓みちよの曲)ウクレレ弾き語り』)