みんなが身を寄せる霊媒
めざましテレビとの関係のなかから生まれた楽曲のようでしょうか。プロビオヨーグルト(明治)、明治安田生命……明治関連のプロモーションの類に用いられる事例が多い楽曲のようです。
小田さんがリードボーカルを最後まで執り続けるバージョンもありますが、この楽曲の発表と同年の武道館公演の際の観客がこの曲をシンガロングした時の声がつなげ・重ねられた“会場のみんなとバージョン”があります。観客の歌声がうまい。楽曲がよく周知されているとしか思えないくらいです。事前に告知したのでしょうか「このコンサートでのみんなの合唱(シンガロング)を録音に使うからね!」と……。
“降り続く雨はやがてあがる”と、混迷の世の中に響く大サビ(Cセクション)の歌詞が尊い。メロディや歌詞が透明で、リスナーがこの曲に身を寄せることのできる清らかさがあります。一見、シンプルな音楽だからなのかな……と思うのですが、じゃぁ自分もこの歌をうたえるかなと耳コピーしてみると非常に難しい。小田さん御本家の演奏・表現技術の卓越を思い知ります。言葉のメロディとの合致のさせかたも、言葉の本来のイントネーションの言いなりになっていない感じがするんです。あくまで主導権が、言葉や音程やリズムを使いこなす人間(ソングライター)側にあるのです。
サビ「誰 かが 」と間があります。この間に、視線が交います。「君を見ている」と続く歌詞のとおり、お互いを見合う時間がサビの音楽的意匠のなかに表現されていると思うのです。シンプルに思えるのにはっきりと記憶に残るのはこういった、音楽の具体とそれが描く内容の一致にあると思います。歌(大衆歌:ポップソング)はみんな(複数、集団、どこかのだれか、どこかのだれでも)が身を映しうる霊媒なのです。
今日も どこかで 小田和正 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:小田和正。小田和正のシングル(2008)、小田和正のアルバム『どーも』(2011)に収録。
小田和正 今日も どこかで(シングルバージョン)を聴く
小田さんの声の演出がセクションごとに分けられて感じます。単一の描線にみえるAセクションでも、非常に短いタイムのディレイあるいは人工的なダブリングのような効果がかかっているような感じがします。それでサビにいくとハーモニーやダブルのトラックが生々しく臨場感をもって響くのです。2ヴァース目で入ってくる松たか子さんとおぼしきカウンターボーカルのアレンジがいかにも小田さんの音楽のアイデンティティ。字ハモなのにタイミングが重なっていない、独自の動きをしているのです。もはや字ハモとは言わないか。同じ歌詞を用いた独自のメロディが多層をなしてリスナーにひらひらとふりかかるのです。
ハープのぽろぽろした音色。ピアノの深く伸びやかで清らかな音色。繊細な指捌きが薫るアコースティックギター。最高級の自転車のベルみたいな、チーンと心が何かの悟りを得たような澄んだ音色。壁面いっぱいに観客があつまって、みんなが心のフラッシュをいっせいにたいたみたいなきらきらした光の面、いえ360度の立体空間が音で演出されているみたいで壮観です。ベースがハイポジションでよく歌う。いわゆる、ビートやその間隔・目盛りを決めるようなべースの役割とは一線を画します。リムショットを中心にずっと我慢していたドラムが最後のサビあたりでついにオープンショットを披露。心の芽吹きを演出します。度重なるサスペンデッドシンバルは胸のときめき。ここは尊い音でいっぱい。
青沼詩郎
小田和正のアルバム『どーも』(2011)
シングル(2008)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『今日も どこかで(小田和正の曲)みんなが身を宿す霊媒【ギター弾き語り・寸評つき】』)