映像 ティファニーで朝食を

何やら精密そうな機械で作業する男性。離席し窓を開ける。みおろすと……ギターをひいてうたっている女性。白い部屋着のような服装。白いヘアターバン?で髪をアップしています。男性のほうへ気づく、歌っていた女性。音声はカットされていますが、女性が何をしているのか尋ねると、“書いてる”とひとことする男性。作家なのでしょうか。機械はタイプライターか何かだったのかもしれません。「ちょっと待ってて、行くよ」風のしぐさを男性が手で示し、通用口あるいは玄関のほうへまわると別の女性が入ってきて映像は切れています。

ロマンティックな夜の風景を思わせる曲ですが、意外とこのシーンは朝っぽいですね。でなくとも午前中か。辺りは明るいように見えます。女性の目が憂いているふうになんとなく見えるのは曲想のせいでしょうか。

曲について

映画『ティファニーで朝食を』(1961)でオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)が歌った劇中歌。 作詞:ジョニー・マーサー(Johnny Mercer)、作曲:ヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini)。

オードリー・ヘップバーン『Moon River』を聴く

ポロポロと憂いげなギターのやさしいピッキング。1拍目でルート、2・3拍目でアルペジオ風に上声とリズムを表現するストロークです。折り返しからストリングス・オケが入ってきますね。恋人に愛をささやきかけるようなオードリー・ヘップバーンの歌声がセクシーです。子音が近くてドキドキしてしまいますね。エンディングの和音がメチャおしゃれ。グロッケンが奥ゆかしくささやかなトーンでチラチラリと華を添えます。やわらかく弾力ある材のマレットをつかっているのでしょうか。最後のプフォーン♪といった感じのストローク一発はビブラフォンでしょうか。魅惑の揺らめき。

おおらかなメロディ

Moon River 譜例

ゆっくりとオールを動かし、夜の水面を静かに滑って行くような優雅な旋律です。

ヘ長調5番目の音「ド」にブイをとめたような、はじめの4小節。「ドー・ソ・ファー、ミー・レ・ド・シ♭・ドー」。浮かび上がり、なめらかに下行します。

次の動きがハっとします。4小節目から5小節目にうつろう瞬間。ちょうど図で1段目と2段目のあいだにかかっている部分にご注意ください。下の「ファ」から長7度上の「ミ」に向かって跳躍しています。大胆で上品です。歌い手のイメージのせいでしょうか。うっとりする長7度です。惚れてしまいそう。このフレーズにおいても「ド」のブイにとめたのち、「ファ・ソー」と「ソ」にとめました。

8小節目(図の2段目の最後)で次の小節にむけて「ラ・ファー」。次いで「ドラー」。「ソ・ファー」「ド・ラーソ」……8〜12小節目では、3度の音程で波をいくつも乗り越えるような音形です。心地よく揺られている気分。

13小節目から先。「ファーラードーファーミ……」。なんと大胆な動き。跳躍。アルペジオ。主和音の「ファ・ラ・ド」を確かなステップで押さえて無邪気に跳ねる大人の女性を想像します。歌い手のイメージのせいでしょうか(しつこい?)。

その次のモチーフもまた狂おしい。「ファーラードー」と上がったら「ファーミー、レ・ミーレー、ド・レー」とつづきます。大胆な跳躍でハっとさせたら、やさしく撫でるような順次下行の反復。惚れてしまいそう(しつこい)。

17小節目(図・5段目)で主モチーフが再び見えます。23小節目までは再現です。

24小節目(図・6段目最後尾〜)からは雄大なモチーフ。強拍をうまくすり抜けて最大の波をつくります。ここでも「ファー・ラー・ド・ファー」と主和音の分散表現。先ほどの「ステップ」のような上行跳躍とはちがい、海の大きな波のような悠久さがあります。

波がピークに達したら「ソ・ファ・ドー」。やさしくなだめるかのようです。まるでモチーフの蝶番。

30小節目のフレーズ、歌詞が“Waiting…”の入りがヘ長調7番目の音、「ミ」です。みなまで言わぬ、洒落た大人のことばづかいを感じます。「ミ・レ・ド・シ♭」……と、8分音符で動かします。不断の曲線を思わせる旋律ですが、ここの下行形はなぜだか、階段のような、カタカタ・トコトコとデジタル的なステップを不思議と感じます。

次いで歌詞が“My huckleberry…”のところでは、下で主音の「ファ」をとってから長7度上行です。この跳躍音程は曲の個性、特徴の一部だと感じます。跳躍の踏み切り点の「ファ」のオマケがついている以外は、音形は直前のモチーフのリフレインです。

“Friend”で「ド」でとめ、“Moon”は下の主音で言い直し。大人の会話のしずかな結び目のようです。“River”で4番目の音、「シ♭」。主音からの4度上行。この動きはこれまで出てきませんでした。“River”で「シ♭ソー」とすぐに下行。“And Me”で「ラ・ファー」と長3度下行のピリオド。最後も「シ♭・ソー」(短3度)「ラ・ファー」(長3度)と、3度の「返す波」を感じます。

しずかに「水」をたずさえた情景。「月の川」。水面に月が映っているのか、あるいは、月の光に満たされた辺りを「川」にたとえているのか。

歌詞

参考:世界の民謡・童謡> ムーンリバー Moon River 歌詞の意味・和訳 オードリー・ヘプバーン主演映画「ティファニーで朝食を」主題歌

オトナなイメージとは裏腹に、作家の少年期の記憶が込められているのでしょうか。

抽象性を保った表現がメロディのうつくしさを際立たせています。

月の川。川が広いこと。虹のはしっこ。世界。傷心。おさな友達……

出てきても、具体性はきわめて低いことばで構築された歌詞です。

作詞において、抽象も具体も、ときに諸刃の剣です。

ぼやかしてしまえば、それだけ聴く人や、想像させるものを限定せず、広い間口を保つことができます。

反面、誰にも見向きされない・いかなる者の心にも届かない危険があります。

歌詞に具体性を盛り込むとどうでしょう。

それだけ際立つ個性・独自性を獲得することになりますが、反面、聴く人を選んだり、想像の余白を塗りつぶしてしまう危険があります。

『Moon River』においては抽象の歌詞だと私は思いますが、たくさんの人を振り向かせ、豊かな想像をさせるに至っているのではないでしょうか。

何が光陰を分けるのか……

メロディがうつくしい……オードリー・ヘプバーンのキャラクター……ぽつぽつとささやくようにことばをつむぐ歌い方、息のふんだんにまじった声の質がチャーミング……そういったことが曲の成否を分けるのでしょうか。

歌詞やメロディの良さだけが、曲の息を長く・認知を広くさせるのでは必ずしもないことをつくづく思います。

後記

……と、歌詞の項目で言ったことをひっくり返すようですが、その前のメロディの項目で図(譜例)を交えて述べたように、あまりにも美しいメロディです。悠久でうつわが広い。1音節1音節が重く大きな質量をもっています。ここに、あまりに具体度の高い固有名詞や意味・解釈を限定するフレーズをあてはめてしまうと、広く静かな夜の川の流れのようなメロディの妙味を損ねてしまうのではないでしょうか。このメロディが、この抽象度の高い歌詞を呼んだのです。

水面のように、なまめかしく照り、生命感をもってつながり、うごめく動線を夜のむこうに隠した大人のため息。

ムーン・リバーの反対側にある情景は、少年期の記憶か。

“My huckleberry friend”(過去) “Two drifters”(〜現在)

コンパクトな歌詞ですが、現在と過去の対比も見出せます。時間を分かつのが“月の川”なのかもしれません。一瞬であり、永遠でもあるよう。

やはり抽象性高い歌はたくさんの想像を許してくれますね。私は大好きです。

いつまでが過去で、いつからが現在(いま)なんだ?

青沼詩郎

オードリー・ヘップバーンが歌う『Moon River』を収録したオリジナル・サウンドトラック『Breakfast at Tiffany’s』再発盤(2011)。

オードリー・ヘップバーンの歌うムーン・リバーを初めて収録したのがこちらの『ムーン・リバー 〜オードリー・ヘプバーン スクリーン・テーマ・ベスト』(1993)。

私にはじめて『Moo River』をおしえたのはフランク・シナトラ版でした。

ご笑覧ください 拙演