たばこのみ 奥田民生

作詞・作曲:奥田民生。奥田民生のアルバム『30』(1995)に収録。

奥田民生 たばこのみを聴く

喫煙って、すきま時間にすることが多いですよね。なにかの作業の合間に一服。つまり、その場を一瞬抜けて、ふけるものが喫煙です。

この曲のメインボーカルが右側に寄っています。なんだかビートルズを想起させるドラムスの語彙だったりバンドの音の設計なのですが、メインボーカルが片側に寄っているというのはビートルズの解散前までくらいの年代の音楽だったらしばしばあったかもしれません(片側が全部楽器で、片側が全部ボーカルとか)が、1990年代の音楽でメインボーカルが片一方に寄っているトラック、それも大衆的な歌もの音楽では極めて稀でしょう。

この設計が、なんだかとても、「本気出す場所」「嫌でもこなさなければならない仕事の場所」を離れて、たばこをのむことに耽る時間を見事に描いていると思うのです。

右からメインボーカルがきこえて、左からは下ハモがあらわれます。だいたいこのバランス感ですね。

エンディングの「強い僕を育てよう……」あたりでは、メインのボーカルトラックがなんとフヨフヨと左右を夢遊してしまいます。補佐的な楽器パートの定位を動かして遊びや変化を出すミックスはしばしばあると思いますが、メインボーカルでこれをやるのは稀です。あったとしても、左右にはっきり分けて、歌詞をバトンリレーのように演じ分けるといった演出が有望でしょう。『たばこのみ』のように、はっきりしない位置やら片側に寄っている位置を連続的にフヨーっと漂うミックスは稀です。

終わり方もどないやねんとつっこませます。オケがしゅんとしぼんでいき、「たばこを愛してる……」でボーカルもまるで喫煙者の口とたばこの先っぽから吐き出される煙が霧散するように終わってしまうのです。

健康を掲げ、副流煙は害だと煙たがられ、社会のなかからその場所を排除されがちな、たばこを吸う行為、「たばこのみ」。

酒をのんでもたばこを吸っても、糖質やアブラを満足いくように摂取していても、長生きする人が存在します(確かに、割合でいったら「稀な人」かもわかりませんが)。

たばこを吸うからといって、健康を若いうちに損ねてとっとと逝ってしまうのが絶対だなんて、誰にもいえないわけです。

たばこを吸っていた場合のその人の人生と、たばこを吸っていなかった場合のその人の人生を比べることなんて、誰にもできません。平行世界をふたつならべて観察することなんて、漫画や想像の中くらいでしかできないのです。

だから、ある個人の現状において、どこからどこまでが明らかに喫煙の影響でそうなっている、というのを完全に特定するのは難しいわけです。長年人類が積み重ねてきた知見から、あるいは検査の結果から喫煙の影響を推察して言及することができるだけなのです。もちろん、「肺がまっくろけだ」とかいうのは明らかに喫煙の影響でしょうが、たとえば「愛煙家で著名人のAさんが、70歳で亡くなられた」というのを、71歳でも72歳でも80歳でもなく、あくまで70歳で亡くなられたこととAさんの喫煙の関係を直接、完全に証明するのは無理なわけです。その人の人生は、たったひとつしか存在しないのですから。

「健康のためにたばこを吸っている」という人も愛煙家には多いでしょう。「たばこを吸う(たばこをのむ)」部分をなにか別のものに置き換えて、あなたも日々なにかしらをやっているはずです。緑茶をのむとか、はちみつを舐めるとか、ぬるめのお風呂に入るとか、熱めのお風呂に入るとか、野菜をたくさん食べるとか、1日20分は歩くとか、何か知りませんが何かしらです。

それが、つよい自分を育むことであり、心を、からだを健やかに保つ、その人なりの術なわけです。

「たばこを吸う」ことを「たばこをのむ」と表現することがあるのを昔の私は知りませんでした。奥田民生さんの楽曲『たばこのみ』は、「たばこだけ(only cigarette)」的なニュアンスの「のみ」だと誤解していました。私が高校生くらいのときです。

もちろん、自分にとっての唯一の楽しみが「たばこのみ」(only cigarette)なのだ、という意味も含んでいるかもしれません。みんな何かを「のんで」いるし、何か「だけ(only)」に、ぞっこんなのです。「〇〇のみ」。あなたの「○○」に入るのはなんでしょうか。「ドラやき」ですって? さては未来の世界から来た猫型ロボットだな。

青沼詩郎

参考Wikipedia>30 (奥田民生のアルバム)

奥田民生 公式サイトへのリンク

参考歌詞サイト 歌ネット>たばこのみ

『たばこのみ』を収録した奥田民生のアルバム『30』(1995)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『たばこのみ(奥田民生の曲)ギター弾き語り』)