64歳のマニフェスト
こういう曲調をボードビル調と言い表すこともあるそうな、ポール・マッカートニー先生のお得意といった感じで『マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー』などと類似するソングライティングの型を思います。64歳になったときでも、こんなふうに(近くに)いて、してくれるかいと弾むような軽い音楽に乗せて伝える紳士・ウィットに富んだ態度が美味。軽い足捌きを思わせるように、短2度で沈み込んでは復帰する刺繍音や半音ずつ上行して音階音に解決する音程をメロディに頻用。
君に64歳になっても~してくれる?と訊くが、そういう「僕」自身はどうなんだと訊きたい気もします。君がポストカードの結びに「あなたがいないと私弱っているみたい」とでも書いてくれたら、きっと僕も君を想い続けるよ?とでもはぐらかすのでしょうか……人間関係はカケヒキ、綱渡りな部分(側面)もあるでしょう。そういう危うさをかろみのある音楽で暗喩しているのかもしれません。バスクラまで用いたクラリネット3本(合計)のアンサンブル。ピアノを主体にチューブラーベルやバックグラウンドボーカルで彩るサウンドがまた美味です。ビートルズサウンドにおけるアレンジの功労にも感嘆のため息が出ますね。
When I’m Sixty-Four The Beatles 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Lennon-McCartney。The Beatlesのアルバム『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』(1967)に収録。
The Beatles When I’m Sixty-Four(アルバム『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』収録 2009 Remastered)を聴く
声を若く聞かせたいとの意図でテープスピードを上げた処理をしているそうです。結果D♭メージャーに聴こえる。ということはCメージャーキーでもろもろのトラックの演奏を済ませてから最後にあげたのか、あるいは実音D♭キーで後から演奏したトラックも複数あるのかどうなのか。
左にポールのボーカルが定位したいわゆる泣き別れ定位ですが、この曲はあんまり気になりません。まんなかにベースがいて、接着をしてくれているせいなのか非常に聴いていて気持ちがいいです。左トラックのポールの声はテープスピードを上げたのだと知ってしまった脳みそで聴くともうそうとしか思えない、時代を逆行したような加工により演出された若さが確かに出ている!と思えます。64歳になった未来の主人公が若ぶってこの曲を演奏しているとの演出と解釈するともう録音作品として意匠の意図がお見事というばかりで頭がさがります。
右トラックにクラリネットのとぼけたかわいくて柔和な音色がずっといます。リードボーカルとリズムを系をぴったりあわせて、いわゆるボーカル同士での字ハモみたいな関係でいるところ、主人公と調和関係を築く君の象徴でしょうか。
私は何度となく、何気なく聴いてきたこの曲の印象から、ピアノが伴奏の主成分を握っているとカン違いしているのですが改めて聴いてみると違いました。主成分はほとんどベースとクラリネットです。ギターもピアノも、出どころをしぼって、合いの手あるいはサウンドのハナやかし、場面の空気の入れ替えみたいな役割で登場しています。和音やリズムのベーシックをふだんはガッツリ担うことができるギターやピアノといった楽器も、この曲では補佐的なのです。ベースとクラリネットだけの和音とリズムだからこそ、隙間が可愛い。隙間がとぼけた感じ。隙間が憎めない愛嬌につながっているのだと思います。この絞った音数がたまらなく愛くるしい(どれだけでも重ねていいましょう)。
またドラムのタッチのフィールも最高です。パサパサとブラシの類を使って演奏しているのでしょうか。リンゴ尊師はジャズをやらせても素晴らしいニュアンスを発揮しそうだなと想像させます。ベースとクラが担う和音とリズムの屋台骨に、肉付けをするのはむしろこのドラムでしょう。ドラムといえば屋台骨一択とは限らない。斬新です。
左定位のリードボーカルにかぶさる限られたトラックがチューブラーベルです。カァンと出番は少なくとも楽曲の与える記憶を圧倒的な存在感で左右します。
さながら君と僕のあいだに起きる人生の一大事。婚姻とかでしょうかね。この二人には幸せになってほしいな。かろみがあり諧謔、皮肉の暗示みたいにもおもえるけどひたすらにピュアなラブソングにも思える。こんなソングライティングって本当に天才のたまものです。
そしてリードボーカルとコード進行みたいなのですべてを表現しきるでもない。“You’ll be older too”と歌った直後のⅥmの和音のところで、ⅵ、ⅴとクラなんかが音階音を提示しますがここのところに歌詞のあるリードボーカルパートが書かれてもおかしくないのにそれをしなかった。みなまで言い切らない余白、含蓄が知性であり思いやり、相手の尊重でもあります。
青沼詩郎
参考Wikipedia>ホエン・アイム・シックスティ・フォー、サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
参考歌詞サイト Genius>When I’m Sixty-Four
ザ・ビートルズ | The Beatles ユニバーサルミュージックサイトへのリンク
『When I’m Sixty-Four』を収録したThe Beatlesのアルバム『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』(1967)