人界知らずの花園
冬っぽい情景。街を散歩しているとしばしば出くわす、誰の手も久しく入っていないようなこけむした感じの屋敷にさまざまな植物が繁茂している様子など思い浮かべるのですがどうでしょう。一番と二番でちょっと角度やスケール感が違うのですが……。
この曲を聴くと秘密をもつことは精神の衛生に良い、と思います。なんでもかんでもネットにさらさないで……あるいは秘密すら共有するものに価値観がシフトしたのでしょうか(あるいは個人の境界・範囲がネットのなかに拡張したのか……)。植物誌のなかにふうじこめた種の姿は個人が大切にしたり信条にしたりしているものごとの象徴。誌面をひらけば、そうした私の心を構成し彩るあまたの記憶や思い出や知識の地層があるのです。
一番では植物誌との単語を登場させ、二番では植物屋敷と媒体の大きさが拡大する趣を感じます。そのお屋敷が「人界知らず」という。他者の手にさわらせない領域・聖域。そこで独立自主、永久機関的にみずからの栄養の確保と仕事の出力のサイクルがまわって成立している、かのような幻想が真実味をもって私に迫ります。
秘密の花園ともいっているので、人の手が入っていないお屋敷というよりは、都市・市街地のなかにこんな場所があるのか!と驚かされるような、コンクリートや人工物のひしめくまちの中に急にスポットであらわれる、そこだけが美しく花や植物が繁茂した……特定の保守管理者の手による奇跡的な生態展示を保っているお屋敷かもな、と想像をあらためさせます。街で暮らし・生きる人たちの集団において、個人それぞれが「私だけのお気に入りスポット」と胸に収納している心のよりどころ……という感じかもしれません。
植物誌 イルカ 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:イルカ。編曲:木田高介・石川鷹彦。イルカのアルバム『植物誌』(1977)に収録。
イルカ 植物誌(アルバム『植物誌』収録)を聴く
リズムをもっぱら左に定位したアコースティックギターのアルペジオがにないます。指にはめるタイプのフィンガーピックなど使って演奏するものか、明瞭な音色です。
イントロで記憶のなかの学校のチャイム……とも似ますがちょっとちがう。レー、ソー、ドー、ファー……と5度さがって4度あがる間隔のリフレイン。エレクトリックピアノの音色でしょうか。真空の圧力をかけたようなどくとくの輪郭のひきしまった聴き心地があります。エレクトリックピアノはイントロをへて歌が入ったのち、和音の響きをささえます。
エレキベースがシンプルな編成の地盤に動きを出します。街をゆく主人公の歩調も刻々と状況にあわせて変化する、そんな様子を思わせます。アコギがリズムと和音を出し、ベースが低域をささえますがドラムが不在。打楽器小物の類もいません。高域をかきたてるパートがないので、個人の私的な秘密を思わせるサウンドデザインになっているのです。
歌詞が刻々と主人公の挙動とそれをつつむ情景をつたえます。ほこりかぶった植物誌……「棚から」と歌う瞬間、ボーカルの音程もひょいと上にあがります。ちょっと背伸びして、めったに取り出さない棚の高いところにあるほこりをかむった植物誌を抜き取ったような意匠を感じますね。アストラカンは冬に活躍する外套の素材なのでしょうが「アストラ館」みたいな響きです。なんだか「異人館」みたいに、外国のハイカラおハイソな文化を伝えてくれる文化保存施設が地域にあるみたいな気分にさせますがこれはただの私の勘違いです。元気なテリアは枯葉色……と、街にくりだして動いていく主人公の周囲を刻々と描く歌詞に寒くなってくる季節の抒情が満ちています。つゆくさ ひいらぎ カラスムギ……植物誌に目を落とした先に登場する種なのでしょう。
もしかしたら、この主人公の闊歩する街全体が「植物誌」なのかもしれないとも思わせます。まち全体に、私が棚から揺り起こしてくるような秘密や思い出、いつかの私との接点が満ちているのです。
人界なんてもののほうこそ幻想なのかもしれない。この街のすべてが私たちひとりひとりの秘密でできている。花園なのかもしれない。そういう気持ちでいることが、現代を楽に生きられる太くたくましい精神かもしれません。
青沼詩郎
『植物誌』を収録したイルカのアルバム『植物誌』(1977)