innocent world Mr.Children ここにあんじゃん(自己問答の救い)
まさに神曲。生まれの世代的に、私が年頃のガキ時分だった頃に世に放たれたMr.Childrenの曲。改めて聴いてみるとボーカルの解像度がすごいです。主音(移動ドでいうドレミファソラシドの、「ド」)、本曲でいえばEキーなので、ミの音(つまりこの曲のキーでいう移動「ド」は「ミ」なのです)が要所できちんとあらわれるし、メロディがはじまる場所もその主音である箇所が目につきます。
ここで主題を思い出したいです。イノセント・ワールド。無垢で無罪で、手垢のついていない世界……つまり、主音(ⅰ)が象徴なのです。ⅰ(移動ドの「ド」)の音階音や、ⅰを主人あるいは地盤として扱うⅠの和音が私に感じさせるのは家、ホーム、純白、安心の生じる場所、といった印象であり、本曲のボーカルメロディが要所で主音をきちんと扱っている意匠こそが、主題どおりの方針をきちんと沿っていると感じるのです。
歌のなかの人格や歌のなかの主人公と、現実のその曲のソングライターの人格が必ずしも一致している必要はありませんが、その両者がバチコン!とはまった、合致したときに生まれる三角波の高みはすさまじいものがあると私は考えています。あるいは、その楽曲の主人公の属性……たとえば年齢層だとか性別だとか職業だとかいう外付けのくくりの要素は現実の歌の書き手の現実の属性とは乖離していてもきっと大丈夫なのでしょう(たとえばユニコーンのメンバーにはあまり「平凡な会社員」みたいなイメージが私にはあまりないのですが、彼らの楽曲群のなかには平凡な会社員の心がよくわかっている!みたいに私に感じさせる傑作がしばしば観察できます)。
“近頃じゃ夕食の 話題でさえ仕事に 汚染(よご)されていて 様々な角度から 物事を見ていたら 自分を見失ってた”(『innocent world』より、作詞:桜井和寿)
自分とは何かを知る欲求にしたがい、観察の視線を多様な学問、分野、人・もの・ことを関心や学習活動へと拡散としていたら、いつしかその中心たる己がブラックボックスになってしまっていた……そんな皮肉を感じさせる2コーラス目のヴァースにMr.Childrenのいくつかの楽曲に通ずる落とし穴の提示を知覚します。
mr. myselfと呼びかけるサビ前、そう、つまり本曲は自己問答のアンセム。セカンドコーラスの直前では同じ箇所がoh miss yourselfに変わります。私はあなたのなかに自分を投影する、あるいはあなたのなかに私との近似値を探してしまうおろかで純白な生き物なのです。一人称と二人称は常に逆転するし、本来一体のものなのでしょう。それも純真無垢なイノセント・ワールドでは。
“物憂げな 6月の雨に 打たれて 愛に満ちた 季節を想って 歌うよ 知らぬ間に忘れてた 笑顔など見せて 虹の彼方へ放つのさ 揺れる想いを”(『innocent world』より、作詞:桜井和寿)
自己問答の季節っていつでしょうか。3月などは会計年度の変わり目であるのをきっかけに、自己問答の季節っぽいでしょうか? いえいえ、そんなのではもうおそい。では、次の新学期(4月)に寄せる動向、その根源たる意思を固めるのにちょうどよい季節は4月の半年くらい前の10月とかでしょうか。あるいは推薦や筆記や面接の試験の結果が出がちな1〜2月なのか。新しい年度がはしりはじめて翻弄される4月。その乱れの直後に息つく暇もなく大型連休。だましだまし生き延びた先で梅雨が覆い被さってくる6月。そう、自己問答の6月という季節認定もしかるべき一つの読み筋でしょう。
本曲はいつの季節の歌と読んでもいい(なぜならば、自己問答の季節は鑑賞者それぞれにフレキシブルに存在しているから)のに、それでありながら6月という具体的な現実の季節を描写してもいます。あるいは心のなかの6月かもしれません。現実の季節が6月と一致している必要もないのです。
己の外の世界への模索のまなざしに忙しくせせこましくしていたが、心が素直にただ笑っていた……そんな、それぞれの胸にずっといて、どこへもいかずにただ本体としてそこにある純真無垢、無罪の世界のたのもしさ、美しさをも思わせる2サビの歌詞もまた私のなかの自己問答者人格にとって救いに満ちた表現を伴っています。
innocent world Mr.Children 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:桜井和寿。Mr.Childrenのシングル、アルバム『Atomic Heart』(1994)に収録。
Mr.Children innocent world(アルバム『Atomic Heart』収録)を聴く
ボーカルが16分割のウラウラから次の表拍にかけてタイでつながったリズムを多用します。これが私がボーカルのリズムのみっちり感がすごいと思う一因です。

サビ前でミスターマイセルフ……のところでG#して緊迫が高まり、サビでA(Ⅳ)をまず聴かせてから主和音のEに解決する、引っ張られてから落ち着くこの緊張と弛緩の気持ちよさ。いつも純白がこの胸にあるのに、誰もを振り回すのが集団であり人間全体なのです。人間、それぞれが一個体であり、全体でひとつの種なのです。
サビでベースがよく動きます。シキシキ……とシェーカーを振ったみたいにアコギのストラミングが常に効いていてリズミカルなボーカルをささえます。イントロのドアタマのド・ドン!にしろ、フロアタムなのか低域のインパクトがありますが、平常時のキックの輪郭はどちらかといえばオケになじんで調和しています。サビでティロリロティロリロ……といった感じのシンセ系の音色がリズムの解像度を緻密に、定規の目盛を忘れてくれるなよ……と理性のサプリメントで補強します。エレキギターがクミャーンと空間や輪郭のブレる儚い音色をAセクションでつかっては、サビにむかってぎすぎすした歪んだトーンを行使していくメリハリ。リードボーカルはダブルの音像にハーモニーの旋律もAセクションから積極的に用いていきます。一人のなかにも多様な人格があること。あるいは多様な人格と多様な個体の集合が己であり、イノセント・ワールドであることを思わせるボーカルの描線が儚くも力強いです。
2サビを終えるときの歌詞、揺れる想いを……のところから、ⅳの根音でふわっとしたあいまいな和音に入ります。そのままエレキギターが高鳴るなどしてBセクションへ回帰。間奏直後のみにあらわれる大サビ(Cセクション)みたいなものは本曲では登場しません。間奏の余白に「転」をゆだねます。
イントロからリードギターとユニゾンするストリングスの旋律が本曲の顔。曲中でエレキギターがくるくると心象の変化、問いの自己代謝を表現するみたく音色を変えます。

青沼詩郎
参考Wikipedia>innocent world、Atomic Heart
『innocent world』を収録したMr.Childrenのシングル、アルバム『Atomic Heart』(1994)