まえがき

小節線の箱分けだったり、クリックが敷く機械的で恒常的な秩序だったりにもしばられることなく自由に音楽の様式のうえに寝そべる、これは最初日本語ラップの源流なんじゃないかなどとひとり心踊ったものですがそれも違う、こういうスタイルをトーキングともいう向きがあるそうな。トーク、すなわち対話。聴いてくれるお客さんとの対話。描こうとする主題との対話。おのれの心の内との対話。そこには語りかける私が小節線のはじまりで、傾聴しリアクションをくれるあなたが小節線(とじ)なのだと……バッタの描く跳躍の軌道に真理をみる気分です。

葛飾にバッタを見た なぎらけんいち 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:佐野元春。なぎらけんいちのアルバム『葛飾にバッタを見た』(1973)に収録。シングル『葛飾にバッタを見た(実況録音盤)』(1974)がある。

なぎらけんいち 葛飾にバッタを見た(アルバム『葛飾にバッタを見た』収録)を聴く

平静な語りが珍妙なのです。こういうスタイルをコピーしようとすると案外むずかしい。シンプルに思えて深淵なのです。平静を保った口調。これが難しい。激しくなってはいけない。相手がいるのですから。

メインのギターが表現するベースラインまでもが話すように平静でひょうひょうとしています。5度や3度の跳躍にハンマリングを交えて細かく動かします。表拍でおおむねベースを動かし、裏拍で高音弦3本ほどをミャンミャンとオルタネイトピッキングでストラミング。はっきとした粒だちのストロークはサムピックなど用いた演奏スタイルなのか。サムピックは親指にはめてつかうもので、親指に固定する構造と弦に直接ふれて弦を弾く構造が一体になったものです。ギターのダイナミクスが、平静さを保つなかで非常にメリハリがあります。繊細な音量からはっきりした音量まで使いわけます。

エンディング手前で仲間が加わり厚みを増し、曲の足並み(テンポ)も着実なものになります。Dobroとして中川イサトさん、Electric guitarとして村瀬雅美さんがCDブックレットにクレジットされています。スライドプレイのギターに、ベースギターが加わったと思ったのですが、ベースじゃなくてエレキギターなのか?

話すような語るようなスタイルで来たのですが、エンディング付近でメロディのある歌らしい歌の様相を憑依します。

登場する友人はとてもステレオタイプな価値観。いい家に住んで、いい車にのって、いいレストランに言ってめしを食う。それをよしとする。何気なく「いい」なんて形容詞を私もつかってしまいましたが、なにをいい(良い)とするかは人それぞれのはずです。高級そうな家も高級そうな車も高級そうなレストランも、おれはいいや(不要だ、遠慮しておく)……と思う私の中の人格と、この歌の主人公の価値観はいくらか響き合うところが見出せるかもしれません。

ギターをかかえて毎日つつうらうらをぶらぶらするだなんて、私にはあこがれの人生のひとつにもおもえます。旅のあいまには、バッタの見られる傾いたアパートがおれを迎えてくれる……そんな人生も粋じゃんよと思うのです。

とんかつがしたにおっこちたくらいでなんだ、それを一瞬でさも無価値あるいは穢れをまとったもののようにみなし粗末に扱うほうが私にはおぞましい。地面におっこちているのなんて、すべての人間がおなじじゃないか。みんな地面にべったり吸いつけられているじゃないか。皿の上のとんかつだって床のうえのとんかつだってどれだけちがうっていうんだ? タワマンの高層階にいてもボロアパートの地上階にいても、みんな床におっこちているようなもんじゃないか。落ちているのか2本の足で立っているのかがそんなに違うのか? じゃあ夜ねむるときに横になったら、地面に落ちているのとどれだけ違うっていうのか。ふとんやベッドの上なのかどうかがそんなに違うのか。もちろん大違いだとも思うけれど、そんな話を私はしたいのじゃないんだ。じゃあどんな話をしたいのかといえば、そうだよそのへんにバッタが跳ねていればほほえましいじゃないか!という話をしたいのです。

柴又、葛飾、江戸川……おまけにホンダのカブなんて固有名詞がぽろぽろおっこちている。下町の、海と河のいりまじったにおいと軽量なバイクのエンジン音、ごうごうと工業地帯やらなんやらがとどろく音、風の音、ビルや車どもの音にひとびとのはたらく音、くらす音が私に押し寄せてくるよ。

青沼詩郎

参考Wikipedia>なぎら健壱葛飾にバッタを見た

参考歌詞サイト 歌ネット>葛飾にバッタを見た

なぎら健壱 公式サイトへのリンク 東京・吉祥寺MANDA-LA2での月例ライブは2025年現在も継続、“40年以上”。ほか公演多数、ご活躍がうかがえます。

『葛飾にバッタを見た』を収録したなぎらけんいちのアルバム『葛飾にバッタを見た』(1973)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】友人とバッタリ 葛飾にバッタを見た(なぎらけんいちの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)