小学校や中学校を過ごしたときの同級生と「この映画いいよね」と話した記憶があるのが『バタフライ・エフェクト』。

「いいよね」と話しただけじゃなく、映画を一緒に観に行ったのもその友達だったか忘れてしまった。正直、はじめて観たのが劇場だったか、DVDだったかどうかも。どっちでも観たのかもしれない。家でDVDで観た記憶は確かにある。自分の記憶の頼りなさが情けない。

ある時期、1番好きな映画は何かと訊かれたら『バタフライ・エフェクト』を挙げていた。そもそも映画を多く観る人間じゃなかったから他になかったというのもあるかもしれないけれど、それでも飛び抜けてこの映画を好きだった。本当に1番いいと思っていたし、今でもそうかもしれない。経過した時間のぶんだけ、観た映画の数は増えたかもしれないけれどペースはこれといって増えていない。むしろ結婚したり子どもができたりして減ったか?

映画『バタフライ・エフェクト』はどんな話か。(以下、簡単に結末をいうから、知りたくない人はご注意)主人公は、過去にもどって、現実を変えようとする。何度もトライするんだけど、その都度うまくいかない。救いたい女性がいるが、救えない。それどころか、状況がヒドくなるばかりだ。最後に、主人公は、「そもそもその女性と関わらない」という選択をする。過去にもどれる力で、そのようにして女性を救う。行動するほどに現実がヒドくなるばかりだったが、自分と関わらないように仕向けたら、それでどうやらうまくいったらしい。そもそも関わらないんだから、その後の未来がどううまくいったのか? 幸せだったのか? なんて知る由もないけれど、とりあえずラストで主人公と女性は街で「すれ違う」。2人がどんな人生を歩んだうえでそこですれ違ったのか知らないが、とりあえず2人とも五体満足でそれなりに健康そうではある。(私見だが)

と、大昔に観たっきりなのでこんな抽象的なことしか書けない。読んでくれたあなたは天使か。

感情を揺さぶられる映画なのだ。いや、私は泣いたよ。数度泣いた。そして主題歌(エンディング?)のOasis『Stop Crying Your Heart Out』を聴いて泣く。映画と切り離してこの曲を聴いただけでも泣く。条件反射で泣く。パブロフの犬か。出るのはよだれではなく涙である。

Oasisは映画『バタフライ・エフェクト』を知る前から好きだった。『バタフライ・エフェクト』について語りあったのが小学校や中学校の級友だったから、てっきりこの映画は私がそれくらいの頃、つまり20年くらい前の作品のような気がしていたけれど、アメリカでの公開が2004年、日本公開は2005年みたいだ。私はその頃19歳くらいである。もう高校も卒業してるくらいか。そんな「最近」だったっけ。

Oasisが前から好きだったという話だった。そう、ギターバンドの体裁、シンプルなコードをギャンと鳴らしてスコーンと抜けたダミってる声が乗る。最高だった。高校の軽音楽部の仲間とも話題にしたし、部外の級友にもファンがいた。ちょうどテレビでは『Whatever』がCMで流れてた頃(確か)。

ずうーんとマイナーコードのピアノストロークではじまる曲。マイナーコードが鳴るだけで、笑ってしまう人を私は知っている。箸が転がるだけでも笑う人もいるそうだからそれに似たようなものかもしれない。ともかく、マイナーコードにはそれ単体で強烈な「キャッチ」がある。ふつう、表現の道具は単体では力をもたない。マイナーコードには、何か、表現の道具としての域を出るものがあるのかもしれない。

それはいいとして、サビでスコーンとトニックコードのDメージャーがなる。メチャ暗い感じで始まったイントロ、そのまま暗い感じを引き継ぎつつ歌われるヴァース。からの、メージャーのトニックコードの開放感がはんぱない。これだけでカタルシスである。

ちゃんと文字も追いつつ調べつつじゃないと英語の歌詞の意味までは私にはあんまり入ってこない。けど、ギリギリ聞き取れる範囲でも感じられることはもちろんあるし、この曲の歌詞もいたってシンプルでむつかしい文じゃない。ストップ・クライング・・・とか、なんとなくわかるじゃん。洋楽の歌詞の意味を知って印象が変わるってことはあるかもしれない。けれど、やっぱり音楽と歌詞が組み合わさっての設計だから、そうヘンテコなことにはならない。なんでこの音楽にこの歌詞なんだ? ってことよりは、「なるほど、歌詞がこうで音楽はこうで、互いに表現しあって機能を高め合っている」っていうことのほうが多いんじゃないかな? なんて思う。

希望を感じるには、やっぱり絶望的なこととか、暗さとか闇みたいなものの前提があったほうが感じやすい。落差があるから何かと何かを比べられる。違いがなかったら区別ができない。いいこともわるいこともあって、それらが成り立つ。

星空は、希望の象徴なのかどうなのか。夜は不安や絶望の象徴にもなるけれど、その頭上に輝く星は希望の象徴にもなるだろう。どっちも、ひとつの世界に存在してこそ対比が生まれる。

Oasisって、あんまり音楽的な解説を考えてどうこうってもんでもないなと『Stop Crying Your Heart Out』を聴きながら思ったのも事実である。この曲がというか、Oasisってけっこうそういう印象がある。だからこそかっこいいし、うらやましいし、理想的でもある。真似できそうで、真似できない。私みたいな小物ミュージシャンは、つい音楽的なフックを凝らしてどうこうしよう、なんてしがちである。そんな自分があるから、余計にOasisが際立って見えるのだ。

音楽面のウンチクをいちおう言っておく。これだけはっきりとマイナーコードで始まる曲ではあるけれど、曲のキーはDメージャー調でいいだろう。ポップやロックのチャートに並ぶような曲の中でも、暗いコード使ってるなぁというものでもそのほとんどが主調としてはメージャーだ。単純にⅥのコードを使っているだけ。トニック(安定)の機能を果たすのはおもにⅠかⅥで、ⅠがメージャーでⅥがマイナー。Cメージャー調だったら、ⅠがドミソでⅥがラドミだ。両者間で構成音は、ドとミがかぶっている。だから機能としても近いのかもしれないけれど、これだけ印象のちがうふたつの機能が同じ「トニック」だというのだから、本当に不思議だし納得いかない。いや、別にいいんだけど。

ギターのフレーズに「レファ♯ミファ♯レファ♯ミファ♯・・・」っていうのがあるのだけれど、これは開放弦をつかってすべての音が鳴りっぱなし、サスティンを長くする押さえ方が工夫されている。具体的には、3弦のハイポジでレを、2弦のハイポジでファ♯を、1弦の開放弦でミを鳴らせば、すべての音を鳴らしっぱなしにできて、それらが同時に響いてこの曲のギターフレーズの響きが再現できる。・・・と、文章でわかりづらくて申し訳ない。

4:26〜くらいからみられるハーモニクスプレイも簡単に真似できるからやってみよし。

・・・と、真似できそうなことで真似できない輝きを放つOasisはやっぱりすごい。

青沼詩郎

『Stop Crying Your Heart Out』を収録したアルバム『Heathen Chemistry』(2002)