太陽の運行。

6月18日はポール・マッカートニーの誕生日。

昨日、何気なく彼の名前をWikipediaで探ったらなんと翌日、つまり本日、6月18日(執筆時)が誕生日と出た。78歳(執筆時、2020年時)になったようだ。

2018年に彼はアルバム『Egypt Station』を出している。2018年の誕生日、つまり今日とおなじ日付にアルバムのタイトルを発表し、9月に発売。

このアルバムで、彼は主要な楽器の多くを多重録音で自ら演奏している。私もそういう音楽のつくりかたを年がら年中やっているので、私にとって先人の中の先人、大センパイの大パイセン。師匠で神でブッダにも近いブラザーかもしれない(?)。

アルバム『Egypt Station』の1曲目が、序奏っぽいおよそ42秒のインストゥルメンタルトラック『Opening Station』になっていて、2曲目に『I Don’t Know』が来る。この曲はシングルになっていて、発表後すぐの6月20日に、アルバム3曲目の『Come On To Me』と両A面でリリースされている。『I Don’t Know』を味わってみたら、この曲がすごかった。

コード進行

第一印象は落ち着きのある、深い慈愛に満ちたバラードという印象。

シンプルで滑らかなコード進行がさりげなくトリッキー。私の「コード進行手クセ辞書」にない進行がたくさんあった。

まず、ヴァース。B♭—E♭を何度か繰り返して、G♭M7—B♭m/F-E♭—B♭となる。

度数で表すと、Ⅰ—Ⅳを繰り返し、Ⅵ♭M7—Ⅰm/Ⅴという異質な響きを聴かせておいて、そのままベースが順次進行で下がってⅣ—Ⅰのループにしれっと接続している。鉄道の路線が思わぬところでつながって、また帰ってくるみたいな感じだ。私の居住圏でいったら、都営大江戸線みたいな感じ。『Egypt Station』なのに……(忘れてください)。

ただのⅥ♭ならまだしも、メージャーセブンがおしゃれ。そのままベースを下降させて普通のⅠの第2転回形ならまだしも、マイナーさせちゃうなんて! それでそのまま下降してⅣに接続して、もとのパターンに帰しちゃうなんて! ポールがいれば私はエジプトの砂漠の真ん中に落っことされても帰って来られるかもしれない。このコード進行さえあればサヴァイヴできる(気がする)。

ブリッジの転調がまたイイ。

B♭のコードから、いきなりG♭/A♭に入って、D♭メージャーに転調してしまうのだ。ⅴ上の4度、つまりⅣ/Ⅴのコードは今日のポップやロックでもシンプルにⅤ(7)を鳴らしてもよい部分のオシャレ版としてよく使われる。でもG♭/A♭は、転調前のB♭からみるとⅦ♭/Ⅵ♭。これは私の手クセ辞書になかった。

で、E♭m—A♭と進みD♭調はおしまい。E♭/Fに進んで、またB♭調に帰ってしまう(おかえり)。E♭/FはB♭調でのⅣ/Ⅴのコード。いわば、お飾りがついたテンション感あるドミナント系の和音だ。そのあとはE♭—Fと進んで、トニックコードのB♭に帰結する。カデンツ連なる転調の旅からの帰還。

メロトロン

『I Don’t Know』にはメロトロンという楽器が使われている。リンクを貼った動画の3:14〜あたりの、コヨンコヨンとヨレたような揺れたような感じでボーカルメロに寄り添うフレーズをみせる音がそれだと思う。

メロトロンはアナログのサンプリング音を発する、演奏のためのインターフェイスとして鍵盤を持つ楽器だ。オルガン(昔の小学校に置いているところもあったような)やエレクトーンにも似た躯体の中に、サンプル音が記録された磁気テープが鍵盤ひとつに一本ずつあてがわれている。鍵盤を押すとそこのテープに記録されている音が再生される。そういう楽器だ。

フルートやストリングスの音色がメロトロンサウンドの定番だろう。フルートやストリングスは、実在の楽器だ。だから、音を聴けば、たしかにその楽器に似た音なのだけれども、何かが違う。暖かい、ローファイな感じ。先程も述べた、どこか「よれた」ような「揺れ」のあるような音。

このふしぎな音の正体がなんなのか、長いこと私は知らなかった。かつて、「あのフルートっぽいけど生のフルートとは何かが違う音」を再現しようと、リコーダーを3声体くらいに編曲して実際に演奏して、極端なイコライジングなどのエフェクト処理を施して自分のオリジナル曲に採用したことがあった。出来映えは良かったのでそれでいいのだけれど、やっぱりメロトロンのそれとは違って、フツーにリコーダーの音だった(そりゃそうだ)。そのときの私は、頭の中に鳴るあの「よれた音」の正体がメロトロンだと知らなかったのだ。それくらい、実は私たちの耳に刷り込まれている音でもある。それでいて、多くの人が正体・実態を知らない楽器ナンバー・ワンなのではないか。

The Beatlesの『Strawberry Fields Forever』にも冒頭から使われてるアノ音です……といえば、頭の中に再生できる人も多いだろうか。あの曲に吹き込まれたメロトロンはポール・マッカートニーによる演奏。こちら『I Don’t Know』では、このアルバム『Egypt Station』プロデューサーのグレッグ・カースティンが演奏しているようだ。

ちなみにこのメロトロン、近年ではデジタル化された商品(福産起業サイトへのリンク)が出ている。ロング・トーンを鳴らし続けていると、磁気テープが尽きて音が止まるという特徴まで再現しているようだ。芸が細かい。楽器として質は抜群に良さそう。値段は可愛くない。手が出ない。

アナログの、本来の磁気テープタイプのものも希少だがたまに出物があるとか。欲しいと思ったけど額を知って萎縮する。お値段は数十万とか。取り扱いにも注意が要りそうだし、メンテナンスにも手間ひま・お金が要りそうだ。でも、それに見合うだけの役割を音楽史において担ってきた存在だとも思う。デジタル化して商品にする企画を立てた人、スルドい。

歌詞

曲から逸れた話を戻す。

歌詞。ポールは、問いかけ、「分からない」といい、また問いかけ、「分からない(I don’t know.)」という。

ポールの人生で、果たして、どれだけのことが思い通りになり、どれだけの思いも寄らないことが起きたのだろう。ジョンの死などはその最たるものだっただろうか。あるいは、身の危険は日常のもので、いつ何が起きてもおかしくない感覚は強かったのか。世界の頂上たるミュージシャンともあらば、皮肉にも天国にさえ最も近いのかもしれない。

音楽の制作のこと? 人生の楽しみや生きがいのこと? 恋や愛のこと? 「こうしよう」と未来をイマジネーションする。現実がそれに近づくように、行動を重ねる。だんだん、ふたつ(理想と現実)は境目がなくなり、融合していく。トップアーティストたるもの、そうした理想の成就も多くあったかもしれない。一方で、どんなにイマジネーションして、計画して、行動を重ねても、両者がちっとも似ても似つかない姿でいることも、きっとあるだろう。思いも寄らない出来事があったとして、どれだけ打ち拉がれたかわからない。

70歳代後半(執筆時、2020年。現在は……?)のポールが、リスナーの私に思いの種をもたらす。(私の想像)「ぼくにどんなことがあるっていうのか? わからない。」問い、分からないといい、また問い、分からないという。愛するものに、優しいことばをかけるみたいに。

むすびに

聴けば聴くほどに、滋味深いラブソングだと思う。砂漠のように広く果てしない(それでいて究極に閉鎖的な)世界を、駅から駅へと旅を続ける。ひとりの男の心象と愛の深さを想像すると、私の目に涙が滲んでくる。

青沼詩郎

参考 Wikipedia

PAUL MacCARTNEY サイトへのリンク

『I Don’t Know』を収録したアルバム『Egypt Station』(2018)