風や水のように乗り移る象徴
力が抜けていながら猛獣が生きるために必要十分な狩りを行うための活発さのような静かな「動」が同居しています。水の流れのように無常で偏在。水墨画のようにモノトーンにも見えるしすべての色彩と光がそこにあるみたく達観しています。説教っぽく「〜ない」との否定形の文構えも適宜用いつつ、ではどうするべきかを淡白にきっぱりと示します。
「体を左右に軽く揺らすと良い」と助言します。確かに心や体がこりかたまって何かうまくまわっていかないとき、だいたいこの「揺らし」ですべてがやんわりとうまく流れ出すような気さえします。
レノン・マッカートニーにたとえた共作共同関係は枚挙に暇がありませんがここに井上陽水奥田民生あり、バンドではないので全体における特定の2人、という関係性とはまた違うかもしれませんが、このお2人ほどビートルズと並列するのにふさわしい例も稀かもしれません。
この曲のオリジナルリリースは最後まで井上陽水さんのリードボーカルに終始します。途中で交代して奥田さんの声が出て来そうで出てこない。でもずーっとそこにいるような気分がするから不思議です。象徴であり乗り移るものが「歌」なのかもしれません。「~のようなもの」なんてあいまいな語尾をしたタイトルの楽曲も珍しいように思います。
手引きのようなもの 井上陽水奥田民生 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:井上陽水・奥田民生。井上陽水奥田民生のアルバム『ショッピング』(1997)に収録。井上陽水のセルフカバーが『UNITED COVER』(2001)、奥田民生のセルフカバーが『BETTER SONGS OF THE YEARS』(2008)にあり。
井上陽水奥田民生 手引きのようなものを聴く
どんなに孤独でも最後は人どうし携わり合って生きているのだと……縮尺をヒいた構図が見えてきます。孤独に釣りをして湖面に対峙していてもまんまるの地球の局所です。地球もまた銀河系の、銀河団の局所にすぎません。
アコースティックギターのストラミングだけを相棒に井上陽水さんの歌がこだまします。やがて相棒を得たようにアコースティックギターのストラミングが気付けば2本になっている。ペチペチとボディパーカッションのような音がサイドを広げます。頼れるものは己の肉体のみ。そこに精神が宿ります。
ずぅんと重心の安定をはかるベースが入ってくる。これでリズムはOK?いや、まだドラムが遅れて入ってきます。人生の基盤ができて来た。20代後半にさしかかった青年期と壮年期の端境のようです。
間奏にポウンとピアノの音色がはいってくる。新しい相棒ができて家庭ができてといった人生の転換期をおもわせます。トライアングルがあっているようなあるいは永遠にズレつづけているような強調をみせます。フルート系の音色のメロトロンらしき音色が記憶をカクテルします。ライク“ストロベリー・フィールズ・フォーエバー”。
井上陽水さんのボーカルは最後まで単一の線をつらぬきます。去り際のきっぱりしたディレイを常にまといます。理性がとろけるとうな残響をまとってタンバリンがリンと静かに、カッコーの声色みたく鳴きはじめます。
しかし最後には丸い惑星におさまってみんなが孤独に同居している。さびしいことではありません。それだけのことなんだという気分で諸々の楽器が出揃ってはポーンと宇宙に放り出されるようにはじまりはおわるのです。
青沼詩郎(道なりに……)
井上陽水 オフィシャルサイト [ Yosui Inoue Official Site ]へのリンク
『手引きのようなもの』を収録した井上陽水奥田民生のアルバム『ショッピング』(1997)
井上陽水のセルフカバーが収録された『UNITED COVER』(2001)
奥田民生のセルフカバーが収録された『BETTER SONGS OF THE YEARS』(2008)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『手引きのようなもの(井上陽水奥田民生の曲)遍在する極意【弾き語り・寸評つき】』)