好物は食べ過ぎがち

先日打ち込みについて考え出したらなんの偶然か岡村靖幸にたどり着いたという記事をこのブログに書いた(この導入をこのブログで使うのは3回目だ)。岡村靖幸『ビバナミダ』を聴いていたら思い出さずにはいられないのは岡崎体育だという記事も書いた。

そちらの記事に書いたけれど、私が岡崎体育を初めて認識したのはテレビアニメ『舟を編む』のオープニングテーマ『潮風』だった。ファットでホットな歌とサウンドメイクで、また新しくてすごい才能が出てきたと私は思った。

メロディも音もファットでホット、それでいてすごくクレバーで頭がよくて、構成力・構築力に長けた「すごいカッコイイ」人だと私はそのとき思った。

それっきり岡崎体育によるコンテンツと私はほとんど出会わずにいたのだけれど、先日冒頭の岡村靖幸まわりのことで岡崎体育のコンテンツを求めるはこびとなって驚いたのだ。

アニメ『舟を編む』のオープニングテーマ『潮風』を受けて、私の岡崎体育像は「クレバーで俯瞰できてて仕事できるカッコイイ人」だったのだったが、それが劇的にアップデートされた。

あるある、こういうミュージックビデオ。もう思い当たる節しかない。世のミュージックビデオはすべて、この曲で語られた要素を少しでも持っているものなんじゃないかとさえ思える。

コミカルで笑える、楽しいというベクトルがあるけれど、これを私は「世のミュージックビデオを茶化している、馬鹿にしている」とは決して思わない。

彼がそういったミュージックビデオを数えきれない程鑑賞していて、狂おしいほどに愛して尊敬しまくっているから言えることだと思うのだ。数多の音楽が彼に流れ込み、彼の中で貯蔵され、発酵するなり化学変化を起こすなりして溢れ出た音楽愛の顕現だと思うのだ。

この明るく突き抜けた愛とソウルから、私はウルフルズを思い出す。

あと、全然目の付け所もキャラクターも違うけれど、世の酸いも甘いも表現に昇華して楽しいものにしてやろうというマインドは、私が通ってきた知識でいうとブリーフ&トランクスを思い出す。あと、嘉門達夫かしら。そう思うとミュージシャンじゃないけれど綾小路きみまろとかもそうか。

そう、岡崎体育は音楽の体(てい)、彼があくまでミュージシャンであることは間違いないけれど、エンターテイメントを壮観している。限りなく形式をわきまえた上で、だからこそ至極自由に振る舞って見えるのだと思う。その裏で、非常にミクロな感受性の動き、小さな行動を積み重ねている地道なリアリストなのじゃないかと思うのだ。

『MUSIC VIDEO』はアルバム『BASIN TECHNO』(2016)に収録されている。このアルバムの収録曲たちのサバけ具合に私は打ち拉がれていて、『潮風』でシュっとしたかっこよさを感じていた私は次々に飛び出す彼のファットなポップ愛ブルース(もはや意味不明)に認識を改めさせられた。スパイスというか毒も炸裂していて、『BASIN TECHNO』収録曲『FRIENDS』(歌詞http://j-lyric.net/artist/a05b49f/l03a98d.html)に聴き入っていたら、スピーカーの音が大きかったのもあってか、ちょっと家族に嫌がられた。笑 が、主に岡崎体育の表現による毒性と思われる(私には十二分に薬理効果をもたらした)。

青沼詩郎

岡崎体育
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